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大東流合気柔術は、甲斐源氏武田家の祖、新羅三郎義光を術の始祖とあがめ、中興の祖武田惣角先生によって完成されたそうです。伝書や技法の内容から見ると、古くから秘法があって、それに武田惣角先生が全国を武者修業してあるいて、その間にいろいろの技を吸収し、工夫を加えて大成したものだそうです。
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| 柳生心眼流は竹永隼人(十八世紀頃の人)からはじまるといわれています。竹永隼人は仙台の生まれで、いろいろな流儀を学んだ後に江戸に上り、柳生但馬守のところで内門人として働きながら三年修業して帰国し、自らの工夫を加えて柳生心眼流と号して有志に教えたといわれています(星勝雄氏の詳細な研究があります)。 | |
| ■浅山一伝流 | |
| 浅山一伝流は浅山三五郎一伝が書流を学び、当身と逆手を専らとして創流したといわれています。各地に伝系があり、いずれも特徴があり、会津藩のお留流だったともいわれ、会津藩に伝わった大東流合気柔術に一伝流と同じ形が数多くあるとそうです。 |